財団法人日本エスペラント学会主催行事
Japana Esperanto-Instituto okazigos/okazigis

 

シンポジウム文化講演会エスペラント語のみの講演会

(このほかに本会は語学学習の会合を主催し、「日本エスペラント大会」を共催しています)

●シンポジウム / Simpozioj

・・・社会における言語のありかたを問うシンポジウムを開いています。

◇第1回(1998年10月24日 東京)[世界人権宣言50周年記念]
「人権としての言語〜言語権の思想と実践」
パネリスト:原聖 (女子美術大学)、中川裕 (千葉大学)、(神戸女学院大学) 、 タニヒロユキ (大阪外国語大学)
  この時期には、 「世界人権宣言50周年賛同表明のための署名募集」も行いました。

◇第2回(2001年1月27日 東京)
「多文化共生の21世紀へ−英語公用語論をこえて」
基調講演:佐高信(評論家)、 パネリスト:小倉利丸(富山大学),安田敏朗(京都大学)

◇第3回(2002年3月23日 東京)
「外国語教育は英語だけでいいのか〜多様な言語意識を可能にするために」
パネリスト:森住衛(桜美林大学大学院)、岡戸浩子 (名古屋大学)、山下誠 (神奈川県立岸根高校)、木村 護郎(慶応義塾大学)

◇第4回(2004年11月20日 東京)
「言語からはじまる民主主義〜ことばを変えると何が変わるのか〜」
パネリスト:田中克彦(中京大学教授)、宇佐美まゆみ(東京外国語大学教授)、野田幸雄(日本経済新聞社顧問)、中村桃子(関東学院大学教授)、木村護郎(上智大学講師)



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●文化講演会 / Kulturaj prelegkunvenoj de JEI

・・・外国からエスペランチストが訪れた際、ご専門や現地の情勢などについて ご講演いただいています。日本語への通訳つきで行います。

◇1996年9月17日 東京(エスペラント会館)
「2525年を迎えたシルクロードの町サマルカンド」、講師:アナトリ・イオネソフ, 通訳:臼井裕之
"Samarkando", Anatoli Ionesov. 28名参加。

◇第32回、1998年10月15日 東京(エスペラント会館)
「中国エスペラント運動の状況」、講師:王漢平
"Nuntempa situacio de China Esperanto-Movado", WANG Hanping. 18名参加。
(概要)中国のエスペラント運動の簡単な歴史、特に日本との関わりで、 Verda Majoのことにふれ、また日本との姉妹都市交流に触れた。また、 エスペラント文広報誌"El Popola Chinio"で働いている関係で中国各地を 訪れることも多く、現在のエスペラント運動状況についても詳しい話があった。 大きくは中国の開放政策があり、さらに(韓国・日本の間だった) エスペラントの共同セミナー(Komuna Seminario)に中国も加わることで、 エスペラントを実際に使う機会が増えてきた。

◇第33回、1999年10月19日 東京(王子・北とぴあ)
「多文化主義はどこへ行くか?オーストラリアの危機」、講師:ケップ・エンダビー(オーストラリア)
"Kien multkulturismo - Lukto en Australio", Kep Enderby.
日豪ニュージーランド協会協賛。約50名参加。通訳:臼井裕之。
(概要)エンダビー氏はオーストラリアが白豪主義から多文化主義に 政策転換をした当時の閣僚。この白豪主義を放棄するにいたった経緯 からはじめ、以来すでに30年を経て、今や多文化主義はオーストラリア 社会に根付いている。後戻りにみえるような動きがあったとしても、 そのような潮流に未来はない、と主張した。

◇第34回、2000年3月18日 東京(エスペラント会館)
「サラエボはがんばっています」、講師:アズラ・チョリッチ (ボスニア・ヘルツェゴビナ)
"Sarajevo viglas", Azra Colic, 15名参加。

◇第35回、2001年12月21日、19-21時。 東京(エスペラント会館)
「インドにおける英語:その社会的地位を問う」、 講師:プロバル・ダシグプタ氏(インド )
"La angla lingvo en Barato: kia socia pozicio?", Prof. D-ro Probal Das^gupto


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●エスペラント語のみの講演会 / Esperantlingvaj prelegkunvenoj (sen interpreto)

 ・・・エスペラント語学・文化・応用・運動論などの話を伺います。通訳なし

◇2000年10月29日 東京(エスペラント会館)
"Pas^on antau^en", Nguyen Thi Ngoc Lan
「ベトナムのエスペラント運動」、講師:グエン・ティ・ゴック・ラン(ベトナム))
(Raporto sur 'La Revuo Orienta', 2001-2)
参加者19名。
(概要)ベトナムのエスペラント運動の歴史の概略に触れた後、1999年の ハノイの第2回アジアエスペラント大会を機にもりあがってきた、ベトナムの エスペラント運動の現状を報告した。

◇2003年 2月22日 東京(エスペラント会館)
「マルコ・ナオキ・リンスさんを囲んで」,Marko Naoki Lins
  1)報告  "Eu^ropa Unio kaj Komunikadcentro en Bruselo"
    報告者 Marko Naoki Lins
  2)報告について意見交換
  参加費:300円。 参加者:33名

(概要)
・ヨーロッパ連盟(EU)は、欧州統合の流れにのっていて、通貨euroの統一を果たし、今後さらに加盟国が増えることになっている。その言語政策は、加盟国の言語は平等という建前だが、現実には差がある。
・このような情勢の中で、世界エスペラント協会(UEA)と欧州エスペラント連盟(EEU)が、EUの首都であるベルギーのブリュッセルに設立ブリュッセル通信センター(BKC)を設立した。そこでは、エスペラントの存在感を示す広報とともに、エスペラントには直接関係無くても言語差別に対する反論を広報する作業をしている。

◇2003年 10月21日 18:30-21:30 東京(エスペラント会館)
「クレシミール・バルコビッチさんを囲んで」Kresimir Barkovic   第1部(無料) バルコビッチさんのお話: SAT kaj la Esperanta Civito
  第2部 会食(実費;近くのインド料理店「オールドバサール」にて)

・第1部では、SAT(世界無民族性協会)事務局長バルコビッチさんに、1921年に設立されたSATの歴史・活動と、ヨーロッパを中心にエスペラントの市民権を主張するEsperanta Civitoについての話を伺った。また出席者の臼井裕之さんがEsperanta Civitoの背景について解説した。出席13名。
・第2部では、夜遅くまで和やかな会談が続いた。


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