「エスペラント / La Revuo Orienta」 1997年1月号掲載

文化がないから言語としてふさわしくないのではないか

まず「エスペラントには文化がない」と言われるときの「文化」とは 何でしょうか。 エスペラントについてあまり知らない人だったら 「言語文化、芸術」(つまり「文学」のこと)を指しているかもしれません。 しかし、 エスペラントで書かれたオリジナルの文学作品(小説、詩、演劇など)が ありますから、 「文化がない」という批判は的外れになります。

もっと広い意味での「文化」は ある共同体がもっている習慣、宗教、生活様式などです。 一般に民族文化と言われ、 たいていの民族が固有の文化をもっていると考えられています。 エスペラントは 民族文化がもっているような固有の習慣、宗教、生活様式などはありません。 通常 民族文化とはその民族共同体の発生とともにあり、 変化、発展していくものだからです。 エスペラントの場合は 言語(の決まり)が先にでき、 その後 エスペラントを話す共同体が生まれました。 そして、その共同体の中でエスペラントは変化、発展してきました。 固有の習慣、宗教、生活様式はありませんが、 長い歴史の中で培われてきた国際性、平和主義、言語相対主義の思想は エスペラントの文化だと言ってもいいかもしれません。

さらにエスペラントは国際共通補助語なので、 特定の民族の習慣、宗教、生活様式があってはならないのです。 なぜなら、様々な民族が使う国際語は 中立であることが求められるからです。 むしろ固有の民族文化がないから、 国際共通補語としての意味、役割があるのです。

(福地俊夫)


これは 「Revuo Orienta (1997年1月号)」の特集記事からの抜粋です。 コメントや問い合わせは 「日本エスペラント学会 ウェブ管理人」宛でお願いします。

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