第85回世界エスペラント大会(UK)概要

 <はじめに>
世界エスペラント大会とはどんな大会か・・・2000年の大会報告から抜粋した記事でご 覧ください。

 <大会概要>
 2000年7月26日から8月1日まで,イスラエルのテルアビブで,世界エスペラント協会(UE A)主催の第85回世界エスペラント大会が開かれた。参加者は,1212人,61カ国から。日 本からの参加は,222人。その他の主な国の参加者数は,ドイツ127,フランス80,イス ラエル74,ポーランド62,オランダ56,イタリア56,クロアチア47,アメリカ42,ブラ ジル38,ロシア29,ブルガリア27,韓国25,リトアニア25,スペイン23,ハンガリー20 ,スウェーデン20といったところ。アジアのほかの国からは,中国10,モンゴル3,ネ パール1,ウズベキスタン1,ベトナム1であった。

 <開会式(7月26日)>
 開会式では,UEAのエンデビー会長が,ユダヤ民族出身であったザメンホフと関係のあ るイスラエルで世界大会が開かれることの意味を述べ,最後に,運動としてさらに発展 するためには現在の水準からの飛躍が要るとして、次のように結んだ。
 「エスペラントがなかなか普及しないのは我々があまりにユートピアを追いすぎるから だとする意見には組みしないが、しかしそう見られることに対しては、我々の運動も質 的発展をとげなければならない。」
 その他寄せられた主なメッセージはガリ国連事務総長,ザメンホフの孫ザレスキ・ザメ ンホフ氏,ユネスコ事務局長松浦晃一郎氏,そして実際に来場してあいさつした中に, 日本大使館大使代行石田氏もいらした。
 以下に,今回の世界大会のテーマにふれた,ユネスコの松浦氏のメッセージのさわりを 示す。「2000年に大会テーマとしては『言語と平和の文化』について各位が討議される のは、今年が国際連合が制定した『平和の文化年』であることに鑑みて意義深いものが あります。ユネスコは言語による交流が相互理解を生み出す主要な手段であると考えて います。他の民族の言語を学び文化を学ぶことが民族の相互交流にとって重要でありま す。」
 また、開会式の終わりに各国代表の短いあいさつがあり,これが人気なのだが,日本か らは日本エスペラント学会理事の田平正子氏があいさつした。

 <会期中の主な催し>
 7月27日にはまた,民族の夕べ(Nacia Vespero)が開かれ,多くの民族から成り立ってい るイスラエルの多様性をダンスや歌で見せ,聴衆を魅了した。
 29日には全日観光ツアー(Ekskurso)が行われた。中でも多くの日本人が参加した死海ツ アーは圧巻で,標高マイナス350メートルの所にあるというのも驚きだし,両手両足を 水から出しても浮かべることや,砂浜でなく塩浜だったといのも,実体験してみなけれ ばわからないことであった。
 31日午後,アジア運動分科会(Azia Agado)が行われ,代表が参加した日本,中国,韓国 ,ネパールから,各国のこの一年間の活動が報告された。特に韓国は2002年の第3回ア ジアエスペラント大会の取り組み状況を報告,ネパールからは第4回アジア大会開催へ の立候補の意志表明があった。
 夜には国際芸能の夕べ(Internacia Arta Vespero) が行われた。韓国からは2人が伝統 舞踊で登場したが,日本人はコーラスに2人参加しただけで,ややさびしい思いをした 。

 <閉会式(8月1日)>
 ここで第85回世界エスペラント大会の大会宣言が採択された 。一部を引用すると,『本大会は、エスペラント運動が次のことに積極的に関わる意志 を表明する:世界の平和の文化の創造のために、各民族の大小に関わらず平等な立場で 参画すること、そして平和への脅威が認められるときには国際的な諸団体に協力して対 処する』である。
 また、来年以降の大会開催地が決定され報告された。2001年はクロアチアのザグレブ, 2002年はブラジルのフォルタレザ,2003年はスウェーデンのイェテボリである。その後 も中国,モスクワなど開催地として立候補している。

 <あふれる親近感>
 大会は、今年は比較的人数が少ない分,親密感があった。会場も,部屋がどこにあるか わからないなどということは全くなく,みんなが同じ所にいつもたむろしていた。他の 大会だったら大忙しの伝言板も,受付もいらないほどの閑散ぶり。 片隅では囲碁を楽しんでいる人も,という具合で,はじめて参加した人にも違和感がな かったであろう。大会会場は,長い浜辺に面した所にあり,歴史のあるヤッフォにも徒 歩20分の近さ。観光ツアーも,多くあり,エルサレムや地中海クルージングと大いに楽 しめた。
 大会終了後には公式の大会後観光(Postkongreso) が行われ,日本エスペラント学会旅 行団の参加者の一部は,このヨルダンへの旅に参加した。ペトラやマサダの遺跡など, 砂漠の遺跡に驚嘆した。総勢64人,これは14カ国からの参加で,うち日本人は32人だっ た。

(日本エスペラント学会誌「エスペラント」2000年10月号の編集部報告をウェブ編集部 門で要約)